感情にふりまわされるシェフの、読めない道行き『キッチン・コンフィデンシャル』
『キッチン・コンフィデンシャル』(アンソニー・ボーデイン/新潮文庫)
辻静雄の逆コース。
『美味礼賛』(海老沢泰久)を薦めたら、面白いにはちがいないけれど、いやみな感じはぬぐえない、と返ってきたことがあった。(美味礼賛のレビューはここ)
辻は渡仏して、一流のフランス料理店を巡ってきた。日本にもどると、本来のフランス料理のかげもないことがわかる。料理の専門学校をつくり、正当を広めんとした。
冒頭では、名をとげた辻が内輪むけにふるまう、原価に糸目をつけない食事会が書かれている。
一食いくら、何百円でもよろこびを感じることができる自分に引き寄せて鼻白むのはもちろん、他をなげき啓蒙しようとするものに、どこか傲慢さを感じたのだろうか。
アンソニーは料理人になる気はなかった。
たまたま皿洗いのバイトをやってみて、性にあわないほどでもなかった。結婚披露パーティの最中、ぬけだした新婦とシェフの不埒なふるまいを見て、唐突に料理人になろうと思い立ち、料理学校入学を決める。
卒業後も、渡り歩く店はさまざま。シナトラが立ち寄るような有名店もあれば、場末の店もある。段階をふんで積みあがるキャリアとはいえない。見せかけの小細工で客をだますことも厭わないどころか、嬉々としてやる。
食べるのが好きなことだけは、ずっと変わらない。
四章「デザート」で、アンソニーは経営者として店をふりかえる。今まで会ってきた人、ふんできた現場の影響がそこかしこにある。人を使うにあたっての、自分なりの考えも披露する。決しておだやかではないけれど、満足もしている。
最終章「コーヒーと煙草」にあらわれる、スコットのキッチンは、何もかもがアンソニーとは違っていた。
整然としたキッチン、原価に頓着しない(ように見える)上質さ。何より、なりたい理想から逆算して、経験を積んできた冷静さ。
うちのめされながらも、食べることが好きで仕方ない点においては、スコットも変わらないことを確認して、自分の店に帰っていく。
店には「時間を守らないやつは即解雇」、という信条に反するパン職人アダムがいる。最低の勤務態度にもかかわらず、彼は小麦粉と水から、本物の魔法を呼び起こすことができる。
大いなる矛盾をかかえた職場を、矛盾をかかえたままに、アンソニーは愛している。
悪罵とびかうキッチンを『地獄の黙示録』にたとえたり、店員のヘッドハンティングを相棒スティーヴンとたくらむときに『特攻大作戦』をひきあいに出したり、たとえに映画が使われることが多い。
最終章「ミッション・トゥ・トーキョー」で、ビル群に戸惑いながらスターバックスに懐かしさを見出し、意を決して立ち食いそば屋に飛び込む。全編『ブレード・ランナー』の冒頭シーンのようでおもしろい。
解説では、タイトルに似たものとして『L.A.コンフィデンシャル』が作品名のみ挙げられている。
くだんの映画は、警察組織と関係者(マスコミ、芸能、マフィア)の金の流れを内側から暴き、それでも警察に踏みとどまる男の話だった。
レストランのオーナー、仕入れ業者、マフィア、キッチンと客のだましあい、それぞれの利害を書いている様子は、タイトルの類似に止まらないようにもみえる。
『ディナー・ラッシュ』という映画が気になっていて、はじめ原作なのかと思ったら、関係ないようだった。
アンソニーは、ディスカバリーチャンネルで番組を持っているらしいので、見てみたい。
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