テリトリーの侵犯者『ジョーズ』
『ジョーズ』(監督:スティーブン・スピルバーグ、出演:ロイ・シャイダー、ロバート・ショウ、リチャード・ドレイファス)
ミツバチにくらべ、胴体が丸々としたものを「くまんばち」と呼んでいた。
正式な名前が何かは知らない。丸々とした見てくれから、いかにもたくましそうだとみたものか、刺されたらよほど痛いのでないか、と子供連中からは恐れられていた。
ハチは巣を大事にする。巣のまわり、半径いくらかは守るべきテリトリーとみなしているから、踏み込んでしまうと敵とみなされる。ハチが身のまわりを飛び回っているときは、偵察と警戒をかねている。どこかで聞きかじった話が、頭にのこっていた。
晴れた日の昼下がり、くまんばちが耳のそばを通り過ぎた。
手で払って、攻撃をくわえるのも危ない。去るのを待とうとしたら、腕に止まる。
息を殺して、這い回る様子を見守っていたのもむなしく、痛みをのこして去っていった。
だまされた。既にテリトリーを侵していたのかもしれない。蜜がないことの腹いせか。単に虫のいどころが悪かったのか。
見送りながら、どこか呆然としていた。
『ジョーズ』を観たあと、そんなことを思い出していた。
海べりのアミティ市で、サメに襲われたとおぼしき若者が、浜にうちあげられた。
市は、海びらきを前ににぎわっている。サメが出ると知られては、かせぎ損なう。
市長(マーレイ・ハミルトン)は、検死結果は見ないふりを決め込んだ。
人命を救うことと、市長の思惑との板ばさみになったブロディ署長(ロイ・シャイダー)は、海洋学者フーパー(リチャード・ドレイファス)、漁師クイント(ロバート・ショウ)とともに海に出る。
おぼれて以来、海が恐くてならないブロディ署長を、妻(ロレイン・ゲイリー)は心配しながら見送る。
戦争で海に投げ出されたこともあるクイントは、陸で育った二人を軽んじていたが、傷自慢をしあう夜を経て、徐々にうちとけていく。
どんなに戦歴をかさねてきた者でも、あっけなくサメに食われてしまったものだと語るクイントは、「いかに自分が強かったか」を自慢するのではなく、理不尽な自然に近づき、からくも生きながらえた「運の強さ」を自慢しているようにみえた。
ビーチを餌場とみなして、市にまぎれこんできたサメ。
海の上では、相手のテリトリーに踏み込んだのは自分たちの方だ。
決着がついたあと、ブロディ署長は海を恐れなくなった。サメにうち勝った喜びというよりも、自分たちのテリトリーがいかに小さいかを認めることができた、安心だったのではないかと思う。
評判どおり、サメそのものが映る場面はそれほど多くない。
浜辺で子供がおそわれたとき、食いちぎられた脚がしずむ場面のあと、切り換わったカメラに映る救助シーン。大人にひきずられる子供の上半身が先に見えて「この子供も襲われたのだろうか」と思わせる。
また、画面の奥から照らされるライト、一瞬、歯形が見えるまもなく、波に流される船のシーンが印象にのこった。
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