音楽

2008年9月22日 (月)

サラリーマンのうた~吾妻光良LIVE@大阪心斎橋BIGCAT(08/9/20)~

Seven&Bi-decade Squeezin’&Blowin’

9/20(土)吾妻光良&スウィンギング・バッパーズLIVE@心斎橋BIGCATを聴いてくる。
前回、なんばで行われたライブはチケットが取れなくて残念だった。
開場前に、悠々と先頭にならんでいたスーツ姿の二人はしぶい!
とはいえ、客層は20~60代と幅広く、350人ほどの自由席は満席。
当日券もよくはけ、立ち見も10人強はいるように見えた。

グッズ販売はタオルとTシャツ。『ブルース飲むバカ 歌うバカ』を販売するわけにはいかなかったんだろうか。 ※レビューはここ

ピアノ、ベース、ドラム、
バリトン、ソプラノ、テナー、アルトサックス
トランペット×3、トロンボーンの編成
ボーカルの吾妻さんはギターもひく。
メンバーはみんな本業が勤め人なので、有給休暇のやりくり・日程調整がたいへんなのだとは前に耳にしたことがある。
(よって「バッパーズ全国ロングツアー開催」などは夢のまた夢)
今日もメンバー1名が「業務にて欠席」につき、代役。

---以下、おぼえているMCを中心に。(メモを取っていないので曲の抜け漏れあり)解説・感想は後段---

1曲目は『最後まで楽しもう』

助っ人で来てくださったこの方、実は飲み屋でひっかけました。
ベルギー大使館で酒飲む会があったとき、勤め先が近いもんだから、ひょこひょこ出かけていったら、この方が演られてたんで、声かけた次第で。
実は日本有数のトランペッターだと知って、失礼いたしました。

われわれも結成29年と、大台にさしかかったところで、なんと大きな変革が!
いままで、蝶ネクタイを各自に配布していたんですが、カミさんが「洗濯がいやだ。勘弁してくれ」と言うので、今回から”各自の自前”になりました!変革です。
みんなどっから手にいれたの?(順に訊いていく)
テナーサックスの西川文二「ダイソーで買いました」
「100円かよっ!」

これって、関西弁だっけ?
(関西出身のベース・牧に確認)
ちがう?ほんと?
(牧:「違う、違う」)
すいません、バリバリの東京弁でお送りします。
『バッチグー』

ちょ、ちょっと息が苦し…曲目まちがえたかも。
もうちょっと考えろ!(と、ベースのせいにする)
いっつも居酒屋で飲みながら曲目決めてるんですが。
今回は中野。ギョーザ150円なのね、そこの店。
飲みながら、あっ、これの次にはこれにしようぜ、なんて。てきとうにやっちゃってます。

そういえば、仲間うちで「ブルース書道」なんてのが流行りました。
あいだみつお風に書くの。
「スリーコードでも いいじゃないか ブルースだもの みつお」
なんてことをしゃべりながら、ちょっとでも休もうとしてます。

曲をやっていると、いろいろ、つくった当時について思いを馳せたりもするわけです。
われわれは、たいていライブ前に飲みにくりだすわけですが…長野。あそこは教育県、のせいなのかなんなのか、駅前に飲み屋が少ない。ようやっと見つけた店にそれ、ってんで入ってったら、ひでぇぼったくり。
非常に思い出ぶかい曲になります。
『150~300』

次の曲はほんとね…期待しないでください…自分でもあんまりヒドイ出来なもんだから音源化もせずじまい。ただ、歳時ものなんで、毎年、この時期のライブ限定でよみがえるという。まさにタイトルにふさわしく。
メンバーにメーリングリストで曲目リストを流してるんですが、そんとき「盆」が「貧」になってても、だ~れも気づいてくれやしないの。
一人だけ、康蔵(ソプラノサックス)が気づいて指摘してくれたけど。その節はありがとう!
では、いきます。
(歓声)
や、ほんと、オーイェーとか声かけてもらうほどのもんじゃないですから。
お連れの方と歓談でもしながら聴いていただけたら有難いかなっていうか…。
クリスマスの曲は数あれど、お盆の曲はただひとつ!
『Big 盆 Boogie』

しかし、酒も「飲みすぎると死ぬぞ」と脅されまして。
や、さすがにそこまでダイレクトには言われませんが。「死ぬ」まではいかないにしても。
はずかしながら、このトシ風貌にしてパワーヨガを始めたんです、カミさんに連れられて。
20人くらいの教室で、5~6人はおっさんがいるわけですよ、で、「ウーッ」とか呻き声が聞こえてくる。おっさんたち、体かたいから。
でも、その甲斐あって、めでたく逆三角形になりました。
(歓声)
上からはかって、106、95、92、みたいな。
ゆるやかな・・・逆三角でしょう?
(歓声)

これは新曲です。
久しぶりに会った友達が、どこの誰か思い出せないうえに、ヤな奴だったという。
『あいつ誰だっけ』

B面始まりは『やっぱり肉を喰おう』

曲自体は古いものの、時世が変わるたんびに、内容を変えて歌ってる歌を…。
浅い知識を総動員したら、なんだかうすっぺらい内容になってしまって申し訳ない。
『物件に出物なし』

続きましては、山口三平のバリトンでお送りする…。
糸井(アルトサックス)に「素敵な糸井のアルトで」と言ったら嫌がるのに、三平は嫌がんないね。
なんで?お前ら、学年がそんなちがったっけ?何ヶちがうの?
あ、トシの違いを「学年」って、70過ぎても言っちゃうそうですね。
(山口:「糸井には『素敵な』とか言うからですよ」)
ああ、確かにバリトンは「素敵な」とか言いにくいもんなあ。なんか形容詞をつけよう。
それでは「地を這うような」バリトンでお送りします。
『On The Sunny Side Of The Street』

『大学出たのかな』

アンコール
『栃東の取組みたか』
『ゴミの日来るまで』+α

---以下、解説と感想----

>『最後まで楽しもう』
トシをとると、体にも無理がきかなくなるけど、せっかくの週末なんだし飲んで騒ごう!遅くまで!という趣旨。週末ライブの始まりにはぴったり。

>「蝶ネクタイ自前」
「もともと家にあった」という意見がちらほら。
「100円」は最安値で、「2600円」という高級品もあり、質はまちまち。

>『バッチグー』
方言がどうこういうんではなくって、時代が古い「死語」のオンパレードの詞。
「ハッスル」「ビビッと」「エレキがテケテケ」「赤玉ワインでメートルあげて」「国電に乗って」など。

>「スリーコードでも いいじゃないか ブルースだもの みつお」
ブルースはコード進行が少ないことから。
吾妻光良&スウィンギング・バッパーズは、管楽器も多く、ジャズにも聴こえるけれど、根はブルース。
(ジャンピング・ブルースというらしい。盛んだった年代は古く、吾妻さんたちが得意とするのは1930~40年くらいとか。新曲をつくる際のうち あわせで「いつも(俺たちがやっている曲)よりも、10年くらいは新しめでいこう」と言ったら、メンバーに「それって、(現代より)50年前の古さってこ とですよね?」と確認されたとのこと)

>『150~300』
頭にクることがあって、血圧が上がって困るよ!という歌。
一人頭、15,000円ぼられる飲み屋の話が出てくる。

>『Big 盆 Boogie』
夏限定・ライブ限定。
メーリングリストで曲目を連絡しあう、というところ。気乗りがしないところは皆が読み流してしまうところに、勤め人らしさを感じた。うっかり漢字 の書きまちがい、というのを『大学出たのかな』で歌にしているけれど、「貧」と「盆」は、タイプミスもちょっと無さそうなので、わざと試したのではないか と思う。
イントロ部分で目を見開いておばけの真似?をしたのは、Screamin Jay Hawkins「I Put a spell on you」かな。
http://jp.youtube.com/watch?v=orNpH6iyokI
次の曲のMCで、Cab CallowayとScreamin Jay Hawkinsの話題をふっていたから、なおさらそう思うのかもしれない。

>『あいつ誰だっけ』
ばったり会った友人が、名前が思い出せないどころか、つながりすらあやしい。
小中高大、教習所?サークル?考え込むうちにも進む話で「ヤな奴」だということだけは思い出した。
「いやあ、ベンチャー企業たちあげちゃって」と言うわりに、財布の中の黄ばんだ札はなんだ?
「ドンペリにも飽きたよね」と言うわりに、持ってる居酒屋のクーポン券は?
頭が疑問符だらけになるよ、という曲。
顔に見覚えがあっても、つながりを思い出せないのは、あるある。

>『やっぱり肉を喰おう』
肉を食わなきゃ元気も出ないよね、景気づけて行こう、という曲。
「バイキンなんか恐くない 洗い流せるさ ビールで」⇒「狂牛病も恐くない 発病するまで15年」に替わっていた。

>『On The Sunny Side Of The Street』
バリトンのソロで始まる。
※これより前に、糸井将博のソロで始まる曲があった。

>『大学出たのかな』
なんだか色んな知識がぬけおちていくけど、何やってきたんだっけ、と自嘲気味にふりかえる。
「テレビ見ていて気がついた スペインじゃないんだトリノって」⇒「外人じゃないんだ オグシオって」
「あるある」と思ってしまったが、そこに共感する曲じゃない。はず。

>『物件に出物なし』
もとは『A COTTAGE FOR SALE ~物件に出物なし』
「うまい話には裏があるよ」という内容で、お得物件だと思って買ったら、続々といわくが判明してきてマイッタ、というもの。
2006年のライブ音源ではサビが「物件に偽装アリ」とされ、逐一、歌詞が当時の時事用語に置き換わる。
(折りしも、姉歯事件があったころ)
今回は何をあててくるのか楽しみにしていた。角界かな、コメかな、と考えを巡らせていたら「物件に出物なし」⇒「アメリカにも金はナシ!」
サブプライムローンからつながる、リーマン・ブラザーズ破綻の話でした。
仕事がはやい。
「保険業界たいへんだよね
 俺には関係ないと思ったら 車の保険がAIG!」

>『栃東の取組みたか』
栃東と朝青龍の取組みを見たか?あの張り手を、鼻血を!という内容。
CD未収録。

>『ゴミの日来るまで』+α
合いの手の渡辺康蔵がとちって、ぐだぐだになってしまったのでブギ(『Dripper's Boogie』)で〆になった。

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LIVE前の夕食は、敬意を表してカツ丼にした。

「美味しとんかつ 弥盛亭」
http://www.th-d.co.jp/iyashirotei/map.html
『俺のカツ丼』は演奏されなかったけれど、『やっぱり肉を喰おう』が聴けたので満足。

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2008年8月24日 (日)

意味と言葉と音と『タモリ』『タモリ2』

タモリ タモリ2

『タモリ』『タモリ2』(Sony Music Direct/タモリ)

仮にタモリ自身が、眼帯時代のことにあんまりふれられたくないのなら、タモリの眼が黒いうちにはCD再発は無理かなと諦めかけていたら、2007年末に再発された。
『タモリ』『タモリ2』『ラジカル・ヒステリー・ツアー』の3枚。『タモリ3』は無かった。

「ひとつひとつは意味がなさないことを言っているのに、通しで聴くと、ちゃんと意味が通じる」のが、ハナモゲラ芸で、さながら深夜ラジオの趣。
BGMとし聴いていると、ときどき唐突に「豆腐屋!」などと意味のある単語が切り離されて、耳に入ってくるのが面白い。まったく意味のないことばかり言っているわけでもないのが、よけいにおかしい。

あのねのねの「フランス語講座」、スネークマンショーと通じるところがある。
「第一回テーブル・ゲーム世界選手権大会 於 青森」(四ヶ国語麻雀)「ソバヤ」がハイライトか。「教養講座 "日本ジャズ界の変還"」で「Work Song」の音を上げて民謡にしてみせるところもいい。ああ、FENもいい。

ソバヤは小さい頃に聴いた記憶があった。どこで聴いたものかは覚えていない。

『タモリ2』は、2007年末、再発3枚組のうち1枚。
iTunesのジャンルが「Books&Spoken」というのは、他になにが分類されているのだろう。

「恐怖の密室芸人」という冠だけ聞きかじっていて、いわれは知らないままにしていた。京都三条の十字屋では、再発にあわせて、タモリのデビュー経緯を漫画にしたもののコピーが貼ってあった。
山下洋輔トリオが旅行中、ホテルで一息ついたのちに音楽をやりはじめる。同宿だった車のセールスマンが乱入してきて、何かと思いや、それらしく聴こえるでたらめな発音で、恐ろしいことにどんな曲にもついてくる。
それがのちのタモリだという、出典は見落とした。

「音楽の変遷」「ハナモコシのシェネ地中海風」落語「めけせけ」がいい。
今なら、youtubeで『タモリ3』の「戦後日本歌謡史」が見られる。

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歌い手としての森田一義『ラジカル・ヒステリー・ツアー』

ラジカル・ヒステリー・ツアー

『ラジカル・ヒステリー・ツアー』(Sony Music Direct/タモリ)

いつだったかのMステーションで、雛壇にたくさんの歌手が座り、順ぐりに思い入れのある曲や人を述べていく。

平井賢が「今から見たら引くくらい桑田佳祐のファンで、サザンのバックコーラスで使ってほしくてたまらず、噂を頼りにたどりついた『桑田』という 豪邸の塀の上に、デモテープを置いてきた。今にして思えば別人の家だった可能性が高い」と言ったり、浜崎あゆみがサザンが好きだと言っていたりで、本尊の 桑田佳祐は「狂い咲きフライデイ・ナイト」「クレイジーキャッツ」をあげたのを覚えている。

桑田佳祐が洋楽をカバーすると、もうどうしようもなく「桑田の歌」になるのはわかっていたのだけど、タモリが歌う「狂い咲きフライデイ・ナイト(作詞/作曲 桑田佳祐)」も、やっぱり「桑田の歌」だった。
タモリのハナモゲラと、デビュー当時は非難もされたらしい桑田佳祐の英語発音は、思えばうまがあっておかしくない。

「タモリのワークソング」がいい。

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歌詞と音の按配『HYS』

HYS

『HYS』(コロムビアミュージックエンタテインメント/ヤプーズ)

「好き好き大好き」「Men's JUNAN」、すごく好きだというひとの勧めがあっても、そこまで思い入れは持てなかった。
お勧めの音源にまぎれていた「あたしもうぢき駄目になる」が耳に残っており、時折くりかえし聴く。

聴いているときに、そこまで歌詞の内容は耳に入らず、音の一部として声がある。「なぜこんな者にまで慈悲を」あたりで急に歌詞が耳に入り、陰にこもった独白と声の不釣合いは何事かと思う。
けれど、詞に身を入れて聴いていないときから、泣くに泣けない強がりのような不安定さは、とっくに伝わってきていたのだから、面白い。

「それいけ!ロリータ危機一髪」「あたしもうぢき駄目になる」「赤い花の満開の下」の並びがよい。

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2008年8月22日 (金)

ナポレオン狂じみた『パプリカ』

パプリカ (Blu-ray Disc) パプリカ オリジナルサウンドトラック


『パプリカ』(監督:今敏、原作:筒井康隆)

目にするものを、ときおり「よくできたものだな」と感心することがある。眼前にあるものが、すべて自分の脳のうちにしかないとしたら、自分の意識の外にあ るはずのあれやこれやまで、うまくできているものだし、人はそれぞれに日々を暮らしている。ことは自分を軸にするに限らない。
いま自分のいる世界を、湾曲した葉に、からくもとどまった雫だとして、その外には広くちがった世界がある、というのも否定ができない。

本編にあらわれる、高いところから落ちる、落ちそうになる感じは、そうした疑いを持ったがために足もとがたよりなくなる時の、前触れなしのめまいに重なった。とても気持ちが悪く、気持ち良くもある。

セックスするときには女が男を食べているようなもので、その女とて女にくるみこまれた場所から生まれてくる。あちこちに出てくる穴ぐらや狭い部屋は胎内をあらわしてもいる。
「地上最大のショウ」のパロディ(パンフレットp.6)と見せて、人形たちのパレードとサーカスは江戸川乱歩の世界にも似る。「つまるところ本作は、筒井 康隆という巨匠への今敏監督の壮大なオマージュなのである」(同p.13)とあるが、筒井康隆が江戸川乱歩に見出されたことを思えば、ここにも入れ子の関 係がある。

要素要素を取りだしてみるのも、こうした「枠」をもつ物語には野暮なのでよしますが、大音量の映画館で観るほうが、愉快にちがいない。

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2008年8月15日 (金)

面構えのわりに甘い『夜を歌う+8』

夜を歌う+8

『夜を歌う+8』(徳間ジャパンコミュニケーションズ/勝新太郎)

むかしの歌謡曲で、「むりやり日本語に直して歌ってしまう」たぐいのがあって、どうも、ずっこけ半分で笑ってしまうのだけど憎めない。どころか、言い切ってしまうと大好きだ。

飯田久彦の「ルイジアナ・ママ」とか、小坂一也の「ハートブレイク・ホテル」、江利チエミ「テネシー・ワルツ」、坂本九「ステキなタイミング」・・・父親のカセットテープ(!)選集から、オールディーズばかり入れたもののどんじりに、これらが入っていたのを聴いた。
本家もしっかり入っていたのものだから、むりやり訳した結果、テンポがあわないところもしばしば、少し抜けた感じになっているのがよくわかった。
抜けた感じが愛嬌になっている。

このアルバムは、かっこつけすぎていて、ださいが、それが良い。
JBの歌う「Sunny」と、このCDでの「Sunny」では、そこにおおきな開きがあって、面白いなあとついつい立て続けに聴いたりする。

あとは「Summer Time」「Moon River」をときどき聞く。

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JBのズージャ『Gettin' Down to It』

Gettin' Down to It

『Gettin' Down to It』 (Verve/James Brown)

JBの歌いかたは「自信を持ってかっこいい」のだと、いつも思う。

かっこよさに揺るぎがない。 本人、自分のなんたるかをまったく心得ていて、それが丸のまま伝わってきているような錯覚がある。

JB(神)の、Jazzアルバム。
ジャンルで何がどうこういうのかは、よく知らないが「There Was A Time」はファンク要素もつよいと思う。
(何を根拠に、と考えてみるに、おそらくはスライ&ファミリーストーンで、似たリズムの曲があったからだ。)

一番聴き返してしまうのは「Sunny」で、テンポが速くなるあたりからが特にいい。

「Sunny」を聴いたあと、聴き比べたくなるアルバムが他にある。
(2007.11.1)
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自分が生きてるうちは、死なないでいてくれると思っていた節がある。

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2008年8月11日 (月)

昭和一ケタ世代、花の御三家『武道館の野坂昭如』

武道館の野坂昭如

『武道館の野坂昭如』(セレソン/野坂昭如, 吉岡オサム, 能吉利人)
司会:中山千夏
唄:野坂昭如、永六輔、小沢昭一(登場順)

M.Cなど、会場でのなまものの楽しさに近いところがあって、聴くたびごとに耳にするのはうっとおしそうなものだ。
何で永'浅田飴'六輔の声は、こんなに「おすぎ」に似ているのか、とか、小沢昭一はおどけ者の役をしているから、どうしたって一番格好いい役回りは野坂だよなぁ、などと考えながら、結局は毎回、しゃべりも飛ばさず聴いている。
前夜リハーサルしましたと言うわりに、三人そろいぶみの段では、調子どころか歌詞すらあわないていたらく。
こぎれいにまとまったアルバム「絶唱!野坂昭如」よりも、こちらの方が魅力がある。

「大懺悔」は、冒頭から良い。

この御三方は、「昭和ひとケタ台生まれ、花の中年御三家」と称し、ここ何年かの間(野坂が脳を故障する前)に再結成、一度ライブをやっている。行きたくても行けなかったのだけど、DVD化の見込みなど、ないものだろうか。
# 野坂が倒れて沙汰やみになったんではないか、と指摘があった。

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都会の孤独『大人』

大人(アダルト) (通常盤)

『大人(Adult)』(東芝EMI/東京事変)

歩道橋の上から見下ろすテールランプが、十字にみえたのちに、上下に間延びしすぎてみえるのは気のせいだ、と思いたくなる。
どこからかやってきて、どこへかとまっすぐに去る動線が、ひたむきさを思い起こさせるのか、泣くときの一歩手前のように、手指がしわっぽくふやけ、頭からは血がさがるような気がする。
もとより感傷の後押しを求める時に聴いているのだから、いかにも安い感傷に思えるのもしかたがない。
外を出歩くときに似合いのアルバム。

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陽気な社会人バンド『Seven&Bi-decade』

Seven&Bi-decade

『Seven&Bi-Decade』(ビクターエンタテインメント/吾妻光良&The Swinging Boppers)

なあんか、この頃ではこればかり聴いているのは、暑くなってきたのにつれ、体温もあがって、なによりビールが似合うからか。ほんとに気取ってないように見せるのがうまく、かえって格好良い。
全編これ日々の喜怒哀楽をおりまぜた歌詞。
特に「150~300」では、健康診断などの数値をあれこれ気に病むようになったおじさんの、気の毒なのだけれどどこか滑稽なところがうかがえて、すごく好ましい。
(やったるでぃ、と精一杯勢い込んだら、しょうもないことでくじかれて、トサカにくる!!という曲)

しばらく前から、LPサイズの紙ジャケの中を開けたらば、中にはCD。という意味がわからない代物が、店の隅にあり、いまだなくならない。それの逆をねらっているのかなあ、と思ったディスクのつくりも、茶目っ気がある。

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神話にも似た『救済の技法』

救済の技法

『救済の技法』(コロムビアミュージックエンタテインメント/平沢進)

「庭師KING」が好きだ、と思って聴きはじめたのだけれど、「万象の奇夜」「MOTHER」「橋大工」のつらなりは、ひと揃いで聴きなおすほど良い。なんだこのドラマチックさは。

いつも、神話のようだなと思いながら聴いている。
平沢進が神だとか、そういうことではない。神話とはなにかなど、語り起こすこともできないのがもどかしい。

やけに小さくみえる、膨れた球体をつついたら、見てくれのキャパからは到底考えられない量のものがはみでて、もう元にはもどせない。
でてきたものは何にも似ていないのだけれど、もとより世にあふれているものは、どこかしら、まけでてきたものに似ているところがある。
そんな像が頭で結ばれている。逆にはたどれない、という感じをうけるのが、神話を思わせるのかもわからない。

「MOTHER」のはじまりで、ふとった「まりも羊羹」を楊枝でつつくときを思い出すのは、どうやら確からしい。

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2008年8月 9日 (土)

黒人ブルースが受け入れられる始まり『ワン・ナイト・スタンド』

ハーレム・スクエアー・クラブ 1963

『ハーレム・スクエアー・クラブ 1963』(BMG JAPAN/サム・クック)

もっと聴いていたいのに、終わっちゃった。
聴き終わるとさみしい気分になるのは、まるで祭のあとみたいで、やみくもに楽しかった気持ちが残っているぶんだけ、屋台が解体されて人波も引いていく様子が耐えがたいのに似ている。

リトル・リチャードのテンポの良さも好きだけど、JBのコッテリ味もいいけれど。
甘い声と割れた低音がちょうどよくまじって、客の盛り上がりまで含めて音楽になってしまってるこのアルバムはとてもいい。

たまたまレコード屋で視聴したのが、きっかけ。

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そうだ、国語の先生だった。『詩歌の待ち伏せ(1)』

詩歌の待ち伏せ〈1〉 (文春文庫)
『詩歌の待ち伏せ(1)』(文春文庫/北村薫)

夏木マリのアルバム「13シャンソンズ」収録曲「鎮静剤」がよかったので、いままで堀口大學を読んでいないことを残念に思った。遅まきながら書店で探し、どの出版社から出ている詩集にしたものかと悩んでいるところ、この本が文庫化されているのに目が止まって買い求めた。
読んでいくと「集団」アンドラージで、件のアルバム曲「港のマリー」が思い出された。マリーはこういう女だったかもしれない。待ち伏せにあったような気になる。

一見関係のないところで、関係があるもの、関係があるようにみえるもの、解釈の助けになるものに当たることがある。北村薫の張る網の目はとても細かく、うつ網は大きい。解釈次第と言ってしまえば終わりの話を終わりにせず、解釈をつきあわせて妥当なものをさぐっていく。

北村薫は、先生である。経歴は考慮の外に置くとしても、語り口でそう思わされる。自身がとてもよく知っていることを、生徒に「なんだ、こんなこと も知らんのか」と怒るのではなく「みなさんとっくにご存知だとは思いますが、こうでしたよね」と説いている。聞く者の知性に信頼を置いている。おだやかだ けれど、求めるものは高い。
生徒が勉強が足りていないことを恥じて、こっそりと至らないところを埋めようという気になるのは、こういう先生ではないかと思っている。

詩歌に興味がなかったとしても、たぶん楽しい本です。

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13シャンソンズ

『13シャンソンズ』(徳間ジャパン/夏木マリ)
夏木マリは何枚か聴きましたが、これがベストです。

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